慢性腎臓病と喫煙
慢性腎臓病の発症や進行には生活習慣も深く関わっていると言われます。受動喫煙防止対策が強化されるなど、健康への影響が懸念される喫煙は、慢性腎臓病のリスクを高めたり、腎機能が低下する原因になったりするのでしょうか?
喫煙が、がんや心血管疾患(心筋梗塞・動脈硬化など)を発症させる危険因子となることは、以前からよく知られています。近年、国内外の研究によって慢性腎臓病との関係についての研究も進み、「CKD患者のたんぱく尿を増加させる」「1日の喫煙本数が多いほど腎機能が低下しやすい」など、喫煙は慢性腎臓病に関しても、その発症や進行のリスク要因として認識されるようになってきました。
日本人のIgA腎症971人を対象にしたレポートでは、1日の喫煙本数が21本を超える喫煙者について、非喫煙者に比べ末期腎不全の発症率が8倍近く上がることが確認されています。
慢性腎臓病の予防や治療を考えるなら、喫煙は真っ先に改めたい生活習慣と言えるでしょう。
喫煙は腎臓の機能を悪化させる
たばこの煙には約4000種類の化学物質が含まれ、そのうちの約200種類が有害物質と言われています。ニコチンやタール、一酸化炭素などの有害物質は、喫煙者本人だけでなく「副流煙」として周囲の人々にも影響を与えます。
肺に吸い込まれた有害物質は血液に溶け込み、全身の臓器に運ばれていきます。そして、体内の生理機能や代謝に関与し、「血管の収縮」「血糖値の上昇」「中性脂肪の増加」といったさまざまな健康障害を引き起こします。じつは、これらはすべて腎臓の機能に大きな負担をかける障害であり、最終的に慢性腎臓病を発症させる原因となっているのです。
血管を収縮させる
タバコの煙に含まれるニコチンは交感神経系を刺激するため、血管を収縮させて血圧を上げ、心拍数を増加させる作用があります。一服のたばこで、収縮期血圧は110から130以上に上がり、心拍数は60から80前後に増えるとも言われています。
血圧の上昇や心拍数の増加によって、全身の血管には大きな負担がかかりますが、腎臓は毛細血管が集中する場所なので他の臓器よりもその影響を受けやすく、喫煙によって腎機能が低下する度合いが大きくなります。血管が収縮することで腎臓への血流も悪化します。
こうした場合、血圧が下がれば腎機能は回復しますが、慢性的に血圧が高い状態が続くと、機能の悪化した腎臓は水分や塩分を正常に排泄できなくなってしまいます。すると余分な水分によって血液量が増え、血圧が上昇。腎臓への負担が倍増するという悪循環に陥ってしまうのです。
慢性的な高血圧は、やがて動脈硬化を引き起こします。タバコの煙には、活性酸素・一酸化窒素といったオキシダント(酸化力の強い化学物質の総称)が含まれているため、それらが血管に酸化ストレスを与え、動脈硬化を促進させると考えられています。
腎臓の毛細血管が動脈硬化を起こすと、腎臓へ流れる血液量が減り、腎臓そのものが硬くなって機能が低下する「腎硬化症」と呼ばれる腎疾患を発症します。
血糖値を上昇させる
ニコチンは交感神経を刺激して血糖値を上昇させます。また、喫煙者は非喫煙者と比較して、血糖値を下げるインスリンが効きにくくなることが知られています。正常にインスリンが分泌されても、それがうまくはたらかなくなるのです。
そのメカニズムについて詳細はまだ不明ですが、原因の1つとして、インスリンのはたらきを活性化させるアディポネクチン(サイトカインの一種)の分泌を、ニコチンが阻害するからではないかと考えられています。
一部の研究では、喫煙後数時間でアディポネクチンが減少し、12時間程度は低値のままになるという報告もあります。また、喫煙者と非喫煙者では、アディポネクチンの血中濃度に有意な差があること、ニコチン量が多いほどアディポネクチンの分泌量が低下することなどが確認されているそうです。メカニズムの解明はまだ先になるとしても、喫煙が血糖値を上昇させることについては、疑う余地がなさそうです。
血糖値が高い状態が慢性化すると、腎臓の糸球体の毛細血管はダメージを受け、老廃物のろ過がうまくできなくなってきます。この症状が進行すると「糖尿病性腎症」を発症します。人工透析を受ける原因となる疾病の第1位がこの糖尿病性腎症です。
中性脂肪・LDL(悪玉)コレステロールを増やす
喫煙は脂質代謝にも悪影響をおよぼし、血液中の中性脂肪・LDL(悪玉)コレステロールを増加、HLD(善玉)コレステロールを減少させることが報告されています。
ニコチンがアディポネクチンという物質の分泌を阻害することを前述しましたが、アディポネクチンには脂肪を燃焼させる作用もあるため、体内に脂肪をため込みやすくなります。ニコチンにはそのほか、「細胞内の脂肪分解酵素のはたらきを低下させる」「交感神経を刺激して血液中の遊離脂肪酸を増加させる」などの作用もあり、これら複合的な要因から脂質の代謝が悪化し、血中の中性脂肪が増加すると考えられています。
また、たばこの煙に含まれるオキシダントは血管の内皮細胞を傷つけるため、LDLコレステロールが血管壁に浸透しやすくなります。血管壁内に取り込まれたLDLコレステロールはオキシダントの酸化力で酸化LDLとなり、それが血管内に溜まることで動脈硬化を引き起こします。動脈硬化は「腎硬化症」の原因となるので注意が必要です。
喫煙と蛋白尿の関係
腎臓の機能が低下すると、本来尿細管で吸収されるはずのたんぱく質が、尿と一緒に排出される「たんぱく尿」が出るようになります。喫煙は慢性腎臓病患者のたんぱく尿を増加させ、腎機能障害をさらに悪化させることがわかっており、非喫煙者と重喫煙者では、末期腎不全になるリスクが1.69倍も高くなるという報告があります。
また、「高血圧」「糖尿病」「慢性糸球体腎炎」を併発している場合、さらにそのリスクが高まることが明らかにされています。
基礎疾患ごとの喫煙とたんぱく尿のリスク
高血圧
たんぱく尿と、その前段階と言われる微量アルブミン尿のリスクが約2倍に増加します。高血圧はそれ自体が独立した末期腎不全の危険因子とされています。
糖尿病
たんぱく尿・微量アルブミン尿のリスクが約2~2.8倍に増加します。腎機能は加齢によっても低下しますが、喫煙によって55%も早く腎機能を喪失することがわかりました。
慢性糸球体腎炎
たんぱく尿・微量アルブミン尿のリスクが有意に高まることが認められています。慢性腎不全、透析導入に至りやすい疾患であり、非喫煙者は年間2.5ml/分、喫煙者はその2倍の年間5.3ml/分の速度で腎機能低下が進行するという報告があります。
喫煙は健康な人であっても慢性腎臓病のリスクを高め、腎機能の低下を促進します。慢性腎臓病を予防・治療するならば、たんぱく尿の有無にかかわらず、禁煙することが最善の策と言えるでしょう。