腎移植
腎移植の種類
透析療法に替わる腎代替療法が「腎移植」です。機能不全に陥った腎臓の代わりに、別の人の健康な腎臓を移植するもので、慢性腎臓病で失われた腎機能を回復できる唯一の治療法です。
生きている方がドナー(臓器を提供する側)となる「生体腎移植」と、亡くなった方にドナーとなっていただく「献腎移植」の2種類があります。
現在国内で行われている腎移植のほとんどが生体腎移植です。日本移植学会発行の「臓器移植ファクトブック2017」によると、2016年に行われた1648件の腎移植手術のうち、89.3%(1471件)が生体腎移植で、献腎移植は10.7%(177件)のみでした。
腎移植の種類
生体腎移植
健康なドナーから左右どちらかの腎臓を提供してもらい、レシピエント(臓器を受け取る側)に移植します。日本移植学会のガイドラインでは、生体腎移植のドナーを親族(6親等内の血族、配偶者、3等親内の姻族)に限定しているため、日本では基本的に、親子、兄弟、配偶者などがドナーとなります。
以前は遺伝子的に関連のない配偶者や、血液型の違う血族からの提供は受けられませんでしたが、拒絶反応の抑制や血漿交換術が発展し、現在では移植が可能になりました。
献腎移植
脳死や心停止で亡くなった方からの善意により腎臓の提供を受け、移植するものです。ドナーが生前に「臓器提供意思表示カード(ドナーカード)」などで臓器提供の意思表示をしている場合、もしくは意思が不明な場合でも、ご家族の承諾があれば臓器提供が可能になります。
日本では「日本臓器移植ネットワーク(JOT)」が唯一臓器提供を斡旋できる機関であり、献腎移植を希望する方はJOTに登録手続きをする必要があります。病院や透析施設でも登録業務を行っているので、担当の医師やスタッフに確認してみてください。
失われた腎機能を回復できる腎移植は、末期腎不全患者にとって希望の光です。しかし、提供される腎臓の数は不足しており、希望しても簡単に手術を受けられるわけではありません。
2016年は、献腎移植登録者数1万2828人に対して177例の献腎移植が行われたのみです。生体腎移植の実施数は順調に増えていますが、それでも年間2000件に達しません。
一方、2016年末の透析患者数は32万9609人で年々増加しています。献腎移植の場合、希望してから腎臓の提供を受けるまでの平均待機日数は4838日。なんと13年以上もかかるという厳しい現実があります。
ドナー選定と事前検査
ドナーは「倫理的条件」と「医学的条件」の両方を満たしている必要があります。日本移植学会のガイドラインでは、次のような項目を倫理的条件としてあげています。
倫理的条件
- 成人であること。原則として未成年者は対象としない
- 親族(6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族)であること
- 自発的意思にもとづき、報酬を目的としないこと
- 手術や術後の安全性が確保されること
医学的条件は、「心身ともに健康で、腎臓の提供が可能であること」が大前提となります。こちらについては定められた基準があるわけではなく、医師による個別の判断が基準となります。
一般的に「疾病の有無」「レシピエントとの生理学的な相性」「安全な手術が行える健康状態かどうか」について、十分な診察と検査を行って判断します。そのため、ドナー候補者はレシピエントと一緒に、移植施設で事前検査を受ける必要があります。おもな検査内容は次のようになります。
おもな事前検査の内容
- リンパ球交差試験(クロスマッチ)
- 腎機能に関する検査
- 血圧、心電図、肺機能検査など身体所見
- 感染症、がん、心血管障害の有無
事前検査のなかでも、リンパ球交差試験の結果は特に重要です。これは、ドナーのもっているTリンパ球に対する抗体が、レシピエントの血液中にあるかどうかを調べる検査です。これが陽性だと、移植した腎臓が拒絶反応を起こす可能性が高く、手術ができない場合もあります。
薬や医療技術の進歩によって、腎移植に求められる医学的条件はかなり緩和されてきています。以前は、血液型が一致すること、組織適合性抗体(HLA抗原)が適合していることなども条件でしたが、現在これらの結果が移植におよぼす影響は少なくなりました。
年齢に関しても同様です。現在、腎臓の摘出手術は内視鏡によって行われるため、体への負担が最小限ですみ、高齢者でも安心して受けられるようになっています。そのため、「一般的に70歳以下」という目安はありますが、事前検査の結果、健康状態が良好で手術が可能と判断されれば、それ以上の年齢であってもドナーとして腎臓を提供することができます。レシピエントも同様です。
移植手術の費用について
日本では、ドナー、レシピエントとも、大きな自己負担なく腎移植手術を受けることができます。特定疾病療養制度をはじめとする、さまざまな医療費助成制度があるからです。
腎移植手術を受ける際にかかる費用は、おおむね400~500万円と言われていますが、健康保険が適用されるため、自己負担は1~3割となります。これにプラスして国や自治体の各種医療費助成制度を利用することで、実際の自己負担額は多くても数万円程度、場合によっては無料になることも少なくありません。
ドナーの場合、事前検査や摘出手術、入院費用は基本的にレシピエントの医療保険を使うので、移植が成立した場合は、一部を除き自己負担額がゼロになります。
腎移植手術を受ける際に利用できる医療費助成制度には次のようなものがあります。
腎移植の際に利用できる医療費助成制度
- 特性疾病療養制度……高額な治療を長期間継続しなければならない疾病に対する助成制度です。人工透析や腎移植にも適用されます。移植が成功して透析の必要がなくなった場合は使用できなくなるため、他の助成制度を利用するようにしましょう。
- 重度心身障害者医療費助成制度……心身に重度の障害がある方に対する助成制度です。利用には身体障害者手帳が必要ですが、透析を受けていれば1級、腎機能の検査に応じて3級または4級を取得できます。腎移植を受ける前に取得しておくことが大切です。
- 自立支援医療(更正医療)……身体障害者の治療後の自立と更生のための助成制度です。1ヵ月あたりの自己負担額の上限を0~2万円に抑えることができます。
移植後の生活について
手術は全身麻酔で行います。手術にかかる時間は約3~4時間です。以前は開腹手術を行っていましたが、現在は内視鏡による手術が主流です。傷口が小さく、術後の痛みも少ないため、回復が早く、翌日から翌々日には起き上がって歩くことができます。通常、術後2~6週間、経過が順調な場合は約1週間で退院することができます。
移植後は、腎不全による体の不調が改善され、少しずつ体力が戻ってきます。退院後、数日から1週間程度、体を慣らしながら手術前の生活に復帰できるようになります。免疫抑制剤の服用と経過観察のため、定期的な通院が必要ですが、QOLは大きく向上し、健康な人と同じような日常生活が送れるようになります。
原則として食事に関する制限はありません。血圧やコレステロール値が正常値なら、塩分、脂肪、たんぱく質などは、健康な人と同じように摂取することができます。お酒も適量なら問題ありません。大いに食事を楽しんでください。ただし、術後6ヵ月くらいまでは、免疫抑制剤の量がやや多いため、生ものは控え目にしたほうがよいでしょう。
注意したいのは、免疫抑制剤のはたらきに影響を与える一部の食品です。グレープフルーツなど柑橘系の多くは免疫抑制剤の血中濃度を上げるので食べないでください。また、西洋オトギリソウ(セント・ジョーンズ・ワート)を含むハーブティーや健康食品は、逆に免疫抑制剤の血中濃度を下げるので禁物です。
免疫抑制薬とは
免疫抑制剤とは、移植された腎臓が体の免疫反応によって「拒絶反応」を起こさないよう、それをコントロールするための薬です。手術前から免疫抑制剤を使用することで、拒絶反応を抑え、移植腎を保護することができます。腎移植手術を受けたあとも、移植腎が機能している限り、毎日決められた時間、決められたタイミングで免疫抑制剤を服用する必要があります。免疫抑制剤には次のようなものがあります。
免疫抑制剤の種類
- カルシニューリン阻害剤(CNI)……Tリンパ球のはたらきを抑える薬です。代表的な商品にプログラフ、ネオーラルなどがあります。
- 代謝拮抗剤……T・Bリンパ球のはたらきを抑える薬です。代表的な商品にアザニン、セルセプトなどがあります。
- mTOR阻害剤……T・Bリンパ球のはたらきを抑える薬です。代表的な商品にサーティカンがあります。
- ステロイド剤……免疫全般を抑える薬です。代表的な商品にメドロール、プレドニンなどがあります。
これらの薬が免疫を抑制するメカニズムはそれぞれ異なり、通常、3種類の薬を組み合わせて服用します。複数薬を組み合わせることで、少ない薬の量で最大限の効果が得られ、副作用を減らすことができるからです。
免疫抑制薬を飲み忘れないための工夫
- お薬カレンダーを活用する
- 食事を服用のタイミングの目安にする
- 携帯アラームを使用する
- 服薬管理アプリを利用する
- 服薬時間が同じ薬をまとめておく
- 外出の際は薬を多めに携帯する
免疫抑制剤の効果は、血液中の濃度が低い拒絶反応が起き、高いと腎機能の低下や白血球減少を起こします。常に一定の濃度を保つ必要があるため、毎日決められた時間、決められたタイミングで薬を飲み続けることがとても大切です。
薬の飲み忘れは、移植腎の長期生着の妨げとなる要因の1つです。欧米では拒絶反応発症例の薬30%が薬の飲み忘れが原因と報告され、移植腎廃絶原因の第3位に挙げられています。アンケート調査によると、忙しい朝の時間帯や就寝前には飲み忘れが多くなるようです。新しい腎臓を少しでも長生きさせるために、カレンダーやアプリを利用して、薬の飲み忘れを防ぐようにしましょう。
拒絶反応とは
人間の体には、細菌やウイルスなどの異物が侵入した際、それを排除するため「免疫」という防御システムが備わっています。移植された腎臓は、レシピエントの体にとって「異物」と認識されるため、免疫反応による攻撃を受けその機能を失ってしまいます。これが「拒絶反応」です。
腎移植後、こうした拒絶反応を予防するために免疫抑制剤を服用しますが、それでも拒絶反応が起こることがあります。尿の減少、発熱、痛みといったわかりやすいものから、尿たんぱく、血清クレアチニン上昇など自覚症状のないものまで症状はさまざまです。
拒絶反応=即、腎臓が使えなくなるわけではありません。個別の症状は炎症のようなもので、免疫抑制剤を増やしたり、拒絶反応の治療専用の薬を使ったりすることで、90%以上の拒絶反応は治療することができます。
拒絶反応には、移植後3ヵ月以内に起こる「急性拒絶反応」と、それ以降に起こる「慢性拒絶反応」があります。
拒絶反応の種類
- 急性拒絶反応
- 移植後1週間~3ヵ月くらいで起こります。Tリンパ球が関与していますが、Tリンパ球を抑える免疫抑制剤の進歩により、その発生頻度は少なくなっています。薬の飲み忘れや、薬と相性の悪い食べ物を食べたときに発生することが多いようです。症状が現れた場合は、免疫抑制剤の量を増やして対応します。
- 慢性拒絶反応
- 移植腎が維持期に入ってから徐々に起こる拒絶反応で、体内の抗体が関与しています。血清クレアチニンの増加、尿たんぱく、血圧の上昇など、わかりにくい症状が多いため、定期的な経過観察が必要です。免疫抑制剤の増量、血漿交換による抗体の除去などと同時に、腎機能の低下に対応した治療を行います。
腎移植後の感染症や合併症の注意点
腎移植後には、いろいろな病気や障害が起こってくることがあります。その多くは、免疫抑制剤の作用・副作用が関係したものです。
免疫抑制剤の服用が始まると、腎障害や高血圧、白血球減少などの合併症を起こすことがあります。こうした合併症の多くは免疫抑制剤の副作用です。定期的に受診し、体に不調が起こった場合は自己判断で服薬を止めず、必ず医師と相談するようにしてください。
また、免疫抑制剤の影響で体の抵抗力が低下するため、感染症にかかりやすくなります。感染症は免疫抑制力の使用量が多い術後3ヵ月以内から、その後6ヵ月くらいまでに発生することが多く、肺炎や敗血症など危険な症状を引き起こす場合もあります。日本における、レシピエントの死亡原因第1位が感染症といわれているため、十分な注意が必要です。
感染症の予防策
- 外出時はマスクを着用しましょう
- 外出から帰ったら必ず手洗い・うがいをしましょう
- 人混みや工事現場など、細菌やウイルス、真菌の多い場所はさけましょう
- むやみに動物に近づかないようにしましょう。動物の多い場所(動物園やハトの多い公園など)にはできるだけ行かないようにしましょう
- インフルエンザなど必要なワクチン類はできるだけ接種するようにしましょう。ただし、生ワクチンは厳禁です
腎移植後は、普通の人以上に健康に注意しなければいけません。健康であれば問題にならないような、細菌や真菌、ウイルスであっても、免疫抑制剤を使っているときは容易に感染し、重篤化する恐れがあるからです。
特に気をつけたいのが、ニューモスチス・カリニという原虫が起こすニューモスチス(カリニ)肺炎で、移植直後の6ヵ月はST合剤と呼ばれる治療薬の服用が義務づけられています。近年は、免疫抑制剤が強力になっていることから、移植後5年以上経っても発症する例が見られるため、6ヵ月をすぎても長期服用が推奨されています。
感染症の対策は予防が第一です。感染症を予防するためには次のようなことに気をつけましょう。もしも発熱や咳、発疹など感染症の症状が見られたら、すぐに医師の診察・治療を受けるようにしてください。
経過年数別の気をつけること
日本における腎移植の「生着率」と「生存率」は毎年向上しています。最近では、腎移植後の10年生存率は95%、生着率は85%にものぼり、移植後20年以上生着している例も複数報告されています。手術を受けたあとは、服薬管理や定期的な経過観察を行いながら、移植腎ができるだけ長く機能を保てるよう、適切な健康管理を心がけることが大切です。
腎移植を受けてからの経過年数別に、気をつけたいポイントをまとめました。
●移植後2週間
処方された薬(免疫抑制剤その他)を毎日決められた時間、決められたタイミングで飲むように心がけましょう。水分の摂取も十分に行います。1日2~2.5Lの水分補給が望ましいとされています。
手術直後は免疫抑制剤の量が多いため感染症にかかりやすくなります。入院中であっても感染症には十分注意が必要です。
退院後は週2回ほど通院して診断と検査を行います。この時期は適切な免疫抑制剤の量を調整するため、薬の投与量が頻繁に変わることがあります。服薬管理をしっかりと行いましょう。
●移植後1ヵ月
徐々に体力が回復し、日常生活にはほとんど支障がないくらいになっているころです。外出する機会が増えてくると思いますので、手洗い・うがいなど、引き続き感染症の予防につとめましょう。食欲もわいてくる時期です。食べすぎ・お酒の飲みすぎに注意しながら、食事を楽しんでください。
少しずつ免疫抑制剤の投与量が安定してきますが、まだ受診のたびに投与量が変わる可能性があります。大変ですが服薬管理をしっかりと行いましょう。
●移植後3ヵ月
拒絶反応や感染症が見られなければ、免疫抑制剤の投与量が安定します。通院も週1~2回と間隔があき、生活時間の制限も少なくなります。水分摂取量も1~2Lと、健康な人と同じ程度に落ち着いてきますが、夏場は汗をかくので多めに摂るようにしましょう。
軽い運動を始められるようになりますが、合併症などの影響で運動を控えなければならない場合もあります。事前に担当の医師と相談するようにしてください。
●移植後3ヵ月~6ヵ月
外来通院の回数が減り、3ヵ月以降は2週間に1回、6ヵ月以降は4週間に1回程度の通院でよくなります。毎回、診察と検査で経過を観察します。新鮮なお刺身など、生ものを食べられるようになります。
●移植後1年
通常、この時期に腎生検が行われます。腎生検では、移植腎が組織レベルで生着しているかどうかを確認することができます。拒絶反応が出ていなければひとまずOKです。
免疫抑制剤の服用はこのあとも続きます。飲み忘れのないよう十分注意してください。
今後は、年1回の人間ドックを受け、血圧や体重の測定、尿・血液検査などを管理していくようにしましょう。40代以上は生活習慣病の早期発見にもなります。
●移植後3年
健康な人とほとんど変わらない生活を送れるようになっているころです。長期生着をめざすため、服薬管理・健康管理を心がけるようにしましょう。
●移植後10年
腎機能が安定して、感染症や合併症の心配もなければ一安心です。今後も、移植腎が少しでも長く機能するよう、薬の飲み忘れや生活習慣病に気をつけてお過ごしください。